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太宰治「火の鳥」6

どうするつもりだろう。忌わしい予感を、ひやと覚えたとき、どやどやと背広服着た紳士が六人、さちよの病室へはいって来た。
「須々木が、ホテルで電話をかけたそうだね。」
「ええ。」あわれに微笑んで答えた。
「誰にかけたか知ってるね?」
 うなずいた。
「そいつは?」
「わかい人でした。」
「名前さ。」
「存じません。」
 紳士たちの私語が、ひそひそ室内に充満した。
「まあ、いい。これからすぐ警視庁へ来てもらう。歩けないことは、あるまい。」
 自動車に乗せられ、窓からちまたを眺めると、人は、寒そうに肩をすくめて、いそがしそうに歩いていた。ああ、生きている人が、たくさん在るのだ、と思った。
 留置場へ入れられて、三日、そのまま、ほって置かれた。四日目の朝、調室に呼ばれて、
「やあ、君は、なんにも知らんのだねえ。ばかばかしい。かえってもよろしい。」
「はあ。」
「帰って、よろしい。これからは、気をつけろ。まともに暮すのだぞ。」
 ふらふら調室から出ると、暗い廊下に、あの青年が立っていた。
 さちよは少し笑いかけて、そのまま泣き出し、青年の胸に身を投げた。
「かえりましょう。僕には、なんのことやら、わけがわかりません。」
 この人だ。あの昏睡のときの、おぼろげな記憶がよみがえって来た。あのとき私は、この人に、しっかり抱かれていた。うなずいて、つと青年の胸から離れた。
 外へ出て、日のひかりが、まばゆかった。二人だまって、お濠に沿って歩いた。
「どう話していいのか、」青年は煙草に火を点じた。ひょいと首を振って、「とにかく、おどろいたなあ。」あきらかに興奮していた。
「すみません。」
「いや、そのことじゃないんだ。いや、そのことも、たいへんだったが、それよりも、乙やんが、いや、須々木さんのこと、あなただって何も知らんのでしょう?」
「知っています。」
「おや?」
「おなくなりに、」言いかけて涙が頬を走った。
「そのことじゃないんです。」青年は厳粛に口をひきしめ、まっすぐを見つめた。「それも僕には、いや、あなたにだって、おそろしい打撃なんだが、」煙草を捨てた。「そのことよりも、ほかに、――須々木さんは、ね、たいへんなことをやったらしいんだ。あなたとのことも、まだ、新聞には、出ていませんよ。記事|差止というやつらしいのです。あなたのことも、僕のことも、警察じゃ、

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