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太宰治「火の鳥」32

どんなに固い覚悟を持っていたって、ただ、それだけでは、虚偽だ。いんちきだ。胸を割ってみせたいくらい、まっとうな愛情持っていたって、ただ、それだけで、だまっていたんじゃ、それは傲慢だ、いい気なもんだ、ひとりよがりだ。真実は、行為だ。愛情も、行為だ。表現のない真実なんて、ありゃしない。愛情は胸のうち、言葉以前、というのは、あれも結局、修辞じゃないか。だまっていたんじゃ、わからない、そう突放されても、それは、仕方のないことなんだ。真理は感ずるものじゃない。真理は、表現するものだ。時間をかけて、努力して、創りあげるものだ。愛情だって同じことだ。自身のしらじらしさや虚無を堪えて、やさしい挨拶送るところに、あやまりない愛情が在る。愛は、最高の奉仕だ。みじんも、自分の満足を思っては、いけない。」また、番茶を、がぶがぶ呑んで、「君は一たい、いままで何をして来た。それを考えてみるがいい。言えないだろう。言えない筈だ。何もしやしない。僕は、君を、もう少し信頼していた。あの山宿を逃げるときだって、僕は、気まぐれから君に手伝いしたのじゃないのだぜ。君に、たしかな目的があって、制止できない渇望があって、そうして、ちゃんと聡明な、具体的な計画があっての、出京だとばかり思っていた。それが、どうだ、八重田数枝のとこに、ころがりこんで、そのまんま、何もしやしない。八重田数枝は、あんな、気のいいやつだから、だまって、のんきそうに君を世話していたようだったが、でも、ずいぶん迷惑だったろうと思うよ。君が精一ぱいなら、八重田数枝だって、自分ひとりを生かすのだけで、それだけで精一ぱい、やっとのところで生きているのだ。少しは、人の弱さを、大事にしろよ。君の思いあがりは、おそろしい。僕だって、君に、いくど恥をかかされているかわからない。あんな、薄汚い新聞記者と、喧嘩させて、だまって面白がって見ていやがって、僕は、あんなやつとは、口きくのさえいやなんだぜ。僕は、プライドの高い男だ。どんな偉い先輩にでも、呼び捨にされると、いやな気がする。僕は、ちゃんと、それだけの仕事をしている。あんな奴と、決闘して、あとで、僕は、どんなに恥ずかしく、くるしい思いしたか、君は知るまい。生れてはじめて、あんなぶざまな真似をした。君は、一たい僕をなんだと思っているのだ。八重田数枝のところに居辛くなって、そうして、

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