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太宰治「火の鳥」19
三木は、ふりかえって、
「なんだ、君か。」やさしく微笑した。立ちあがって、さっさと着物を着はじめ、「君は、この男を愛しているのか。」
さちよは、烈しく首を振った。
「それじゃ、そんな、おセンチな正義感は、よしたまえ。いいかい。憐憫と愛情とは、ちがうものだ。理解と愛情とは、ちがうものだ。」言いながら、身なりを調い、いつもの、ちょっと気取った歴史的さんにかえって、「さあ、帰ろう。君は、君の好ききらいに、もっとわがままであって、いいんだぜ。きらいな奴は、これは、だめさ。どんなに、つき合ったって、好きになれるものじゃない。」
助七は、仰向に寝ころんだまま、両手で顔を覆い、異様に唸って泣いてた。
三木の二重まわしの中にかくれるようにぴったり寄り添い、半丁ほど歩いて、さちよは振り向いてみて、ぎょっとした。助七は、雪の上に大あぐらをかき、さちよの置き忘れた柳の絵模様の青い蛇の目傘を、焚火がわりに、ぼうぼう燃やしてあたっていた。ばりばりと傘の骨の焼ける音が、はっきり聞えて、さちよは、わが身がこのまま火葬されているような思いであった。
本編には、女優高野幸代の女優としての生涯を記す。
高野さちよを野薔薇としたら、八重田数枝は、あざみである。大阪の生れで、もともと貧しい育ちの娘であった。お菓子屋をしている老父母は健在である。多くの弟妹があって、数枝はその長女である。小学校を出たきりで、そのうちに十九歳、問屋からしばしばやって来るお菓子職人と遊んで、ふたり一緒に東京へ出て来た。父母も、はんぶんは黙許のかたちであった。お菓子職人、二十三歳。上京して、早速、銀座のベエカリイに雇われた。薄給である。家を持つことは、できず、数枝も同じ銀座で働いた。あまり上品でないバアである。少しずつ離れて、たちまち加速度を以て、離れてしまった。その職人には、いま、妻も子も在る。数枝は、平凡な女給である。人生は、こんなものだ。ひとは、たよりにならない。幼いころから、そう教えられ、そうして、そのとおりに思いこんでいた。二十四になって銀座のバアをよして、踊子になった。このほうが、いくらか余計お金がとれるからである。そのとしの十一月下旬、朝ふと眼を醒ますと、以前おなじ銀座のバアにつとめていた高野さちよが、しょんぼり枕もとに坐っていた。
「ほかに、ないもの。」さちよは、冷い両手で、
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太宰治の歩み