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太宰治「斜陽」24

しずかにおっしゃる。
「夾竹桃がたくさんあるじゃないの」
 私は、わざと、つっけんどんな口調で言った。
「あれは、きらいなの。夏の花は、たいていすきだけど、あれは、おきゃんすぎて」
「私なら薔薇がいいな。だけど、あれは四季咲きだから、薔薇の好きなひとは、春に死んで、夏に死んで、秋に死んで、冬に死んで、四度も死に直さなければいけないの?」
 二人、笑った。
「すこし、休まない?」
 とお母さまは、なおお笑いになりながら、
「きょうは、ちょっとかず子さんと相談したい事があるの」
「なあに? 死ぬお話なんかは、まっぴらよ」
 私はお母さまの後について行って、藤棚の下のベンチに並んで腰をおろした。藤の花はもう終って、やわらかな午後の日ざしが、その葉をとおして私たちの膝の上に落ち、私たちの膝をみどりいろに染めた。
「前から聞いていただきたいと思っていた事ですけどね、お互いに気分のいい時に話そうと思って、きょうまで機会を待っていたの。どうせ、いい話じゃあ無いのよ。でも、きょうは何だか私もすらすら話せるような気がするもんだから、まあ、あなたも、我慢しておしまいまで聞いて下さいね。実はね、直治は、生きているのです」
 私は、からだを固くした。
「五、六日前に、和田の叔父さまからおたよりがあってね、叔父さまの会社に以前つとめていらしたお方で、さいきん南方から帰還して、叔父さまのところに挨拶にいらして、その時、よもやまの話の末に、そのお方が偶然にも直治と同じ部隊で、そうして直治は無事で、もうすぐ帰還するだろうという事がわかったの。でも、ね、一ついやな事があるの。そのお方の話では、直治はかなりひどい阿片中毒になっているらしい、と……」
「また!」
 私はにがいものを食べたみたいに、口をゆがめた。直治は、高等学校の頃に、或る小説家の真似をして、麻薬中毒にかかり、そのために、薬屋からおそろしい金額の借りを作って、お母さまは、その借りを薬屋に全部支払うのに二年もかかったのである。
「そう。また、はじめたらしいの。けれども、それのなおらないうちは、帰還もゆるされないだろうから、きっとなおして来るだろうと、そのお方も言っていらしたそうです。叔父さまのお手紙では、なおして帰って来たとしても、そんな心掛けの者では、すぐどこかへ勤めさせるというわけにはいかぬ、いまのこの混乱の東京で働いては、

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