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太宰治「斜陽」21
こんどは少し笑って答えた。
「私、日本人ですわ」
と言って、その自分の言葉が、われながら馬鹿らしいナンセンスのように思われて、ひとりでくすくす笑った。
或るお天気のいい日に、私は朝から男の人たちと一緒に丸太はこびをしていると、監視当番の若い将校が顔をしかめて、私を指差し、
「おい、君。君は、こっちへ来給え」
と言って、さっさと松林のほうへ歩いて行き、私が不安と恐怖で胸をどきどきさせながら、その後について行くと、林の奧に製材所から来たばかりの板が積んであって、将校はその前まで行って立ちどまり、くるりと私のほうに向き直って、
「毎日、つらいでしょう。きょうは一つ、この材木の見張番をしていて下さい」
と白い歯を出して笑った。
「ここに、立っているのですか?」
「ここは、涼しくて静かだから、この板の上でお昼寝でもしていて下さい。もし、退屈だったら、これは、お読みかも知れないけど」
と言って、
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