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太宰治「火の鳥」24
あたしを女優にするんだと、ずいぶん意気込んでいるんだけれど、どんなものだろうねえ、数枝だって、あたしがいつまでも、ここで何もせずに居候していたら、やっぱり、気持が重いでしょう? また、あたしが女優になって、歴史的さんがそれで張り合いのあるお仕事できるようなら、あたし、女優になっても、いいと思うの。あたしがその気になりさえすれば、あとは、手筈が、ちゃんときまっているんだって、そう言っていたわ。」
「おまえの好きなようにするさ。名女優になれるだろうよ。」数枝は、ふたたび不気嫌である。「それは、ね、あたしだって、くさくさすることは、あるさ。この子は、いつまでもここにいて、いったいどうするつもりだろうと、さちよの図々しさが憎くなることもあるよ。でも、あたしは、ひとつことを三分以上かんがえないことに、昔からきめているの。めんどうくさい。どんなに永く考えたって、結局は、なんのこともない。あたってみなければ判らないことばかりなんだからね。あほらしい。あたしにだって、心配なことが、それは、たくさんあるのよ。だから、一つのことは、三分だけ考えて、解決も何もおかまいなしに、すぐつぎに移って、そいつを三分間だけ考えて、また、つぎのことを三分、そのへんは、なかなか慣れたものよ。心配のたねの引き出しを順々にあけて、ちらと一目調べてみて、すぐにぴたっとしめて、そうして、眠るの。これ、なかなか健康にいいのよ。どうだい、あたしにだって、相当の哲学があるだろう。」
「ありがとう。数枝。あなたは、いいひとね。」
数枝は、てれて、わざと他のことを言った。
「やんだね、みぞれが。」
「ええ。」さちよは、言いたいだけ言って、あとは無心であった。「あした、お天気だといいわね。」
「うん。眼がさめてみると、からっと晴れているのは、うれしいからな。」数枝も、なんの気なしに、そう合槌うって、朝の青空を思えば、やはり浮き浮きするのだが、それだけのことでも、ずいぶん楽しみにして寝る身がいとしく、さて、晴れたからとて、自分には、なんということもないのに、とひとりで笑いたくなって、蒲団を引きかぶり、眼尻から涙が、つとあふれて落ちて、おや、あくびの涙かしら、泣いているのかしら、と流石にあわて、とにかく、この子が女優になるというし、これは、ひとつ、後援会でも組織せずばなるまい。
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成功であった。
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太宰治の歩み