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太宰治「斜陽」42
私が上原さんと逢って、そうして上原さんをいいお方だと言ったのが、弟を何だかひどく喜ばせたようで、弟は、その夜、私からお金をもらって早速、上原さんのところに遊びに行った。
中毒は、それこそ、精神の病気なのかも知れない。私が上原さんをほめて、そうして弟から上原さんの著書を借りて読んで、偉いお方ねえ、などと言うと、弟は、姉さんなんかにはわかるもんか、と言って、それでも、とてもうれしそうに、じゃあこれを読んでごらん、とまた別の上原さんの著書を私に読ませ、そのうちに私も上原さんの小説を本気に読むようになって、二人であれこれ上原さんの噂などして、弟は毎晩のように上原さんのところに大威張りで遊びに行き、だんだん上原さんの御計画どおりにアルコールのほうへ転換していったようであった。薬屋の支払いに就いて、私がお母さまにこっそり相談したら、お母さまは、片手でお顔を覆いなさって、しばらくじっとしていらっしゃったが、やがてお顔を挙げて淋しそうにお笑いになり、考えたって仕様が無いわね、何年かかるかわからないけど、毎月すこしずつでもかえして行きましょうよ、とおっしゃった。
あれから、もう、六年になる。
夕顔。ああ、弟も苦しいのだろう。しかも、途がふさがって、何をどうすればいいのか、いまだに何もわかっていないのだろう。ただ、毎日、死ぬ気でお酒を飲んでいるのだろう。
いっそ思い切って、本職の不良になってしまったらどうだろう。そうすると、弟もかえって楽になるのではあるまいか。
不良でない人間があるだろうか、とあのノートブックに書かれていたけれども、そう言われてみると、私だって不良、叔父さまも不良、お母さまだって、不良みたいに思われて来る。不良とは、優しさの事ではないかしら。
四
お手紙、書こうか、どうしようか、ずいぶん迷っていました。けれども、けさ、鳩のごとく素直に、蛇のごとく慧かれ、というイエスの言葉をふと思い出し、奇妙に元気が出て、お手紙を差し上げる事にしました。直治の姉でございます。お忘れかしら。お忘れだったら、思い出して下さい。
直治が、こないだまたお邪魔にあがって、ずいぶんごやっかいを、おかけしたようで、相すみません。(でも、本当は、直治の事は、それは直治の勝手で、私が差し出ておわびをするなど、ナンセンスみたいな気もするのです。)きょうは、直治の事でなく、
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